ハンドボール日本代表の宮崎大輔選手の存在が、今までマイナーだったハンドボールの存在を変えてくれました。
ハンドボールを良く知らない方でも、宮崎大輔選手の事は知っていると言う方以外と多いのではないでしょうか?
2006年にテレビ番組(スポーツマンNo.1決定戦)で優勝して以来、ハンドボールの知名度を上げると共に宮崎大輔選手は一躍有名になりました。
2008年の(スポーツマンNo.1決定戦)で2度目の優勝をした事は記憶に新しい所です。
宮崎大輔選手は大分県出身で実業団大崎電気に所属しています。
小学生の頃からハンドボールをはじめた宮崎大輔選手は、大分国際情報高等学校時代にはすでに将来を期待される選手になっていました。
高校卒業後日本体育大学に進学。大学2年生の時にインターカレッジ青森大会でチームを優勝に導くと共に、自身もMVPを獲得。
その後、日本体育大学を休学しスペインにハンドボール留学をする。
帰国後は日本体育大学に復学するが、中退して実業団大崎電気に入部しました。
実業団大崎電気に入部してからは、日本リーグ・全日本の中心選手として活躍。身長も175センチとスポーツ選手としては比較的小柄ですが
スポーツマンNo.1決定戦での優勝で証明されている通り、抜群の運動神経で日本のハンドボール業界を引っ張っています。
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スポーツマンNo.1決定戦に過去3回出場している宮崎大輔選手は、2006年に初出場しました。
数ある種目の中で、ほとんどが2位、3位と安定した活躍を見せた宮崎大輔選手は、暫定1位の池谷直樹を大逆転で破り初出場で初優勝を飾った。
2回目の出場となる2007年は、2連覇を目指すがショットガンタッチの記録が伸びず、それまでは暫定2位の位置に付けていたが最終4位で
競技を終えた。
2008年大会ではビーチフラッグスで池谷直樹を破り、初の種目別No1.を獲得。
モンスターボックス(跳び箱)では自己新記録となる20段に成功。2位に大差をつけ、史上3人目となる2度目の総合No.1を獲得した。
2009年大会では史上初3度目の総合No.1を目指す。
どのスポーツでも同じですが、観戦するスポーツのルールがわからないと楽しさも半減します。
基本的なルールを知っているだけでも随分違うものです。
まず競技人数ですが、1チーム(コートプレーヤー)6人、(ゴールキーパー)1人の計7人で構成されています。
選手交替に関しては、レフェリーに申告する事なく自由に何度でも交替出来ます。
試合時間ですが、前後半30分で行われ途中10分のハーフタイムが入ります。前後半30分(合計60分)戦って勝敗が決まらない時は10分間の延長
戦が行われます。それでも勝敗が決まらない時は、7mスローコンテスト(サッカーで言うPK戦)で決着を着ける事になります。
コート内での移動に関しては、パスとドリブルでつなぎます。ここはバスケットボールに似ています。
得点はゴールラインを通過すると1点が入り、最終的に得点が多く入った方の勝ちになります。
反則に関してはラインクロス・ダブルドリブル・オーバーステップ・オーバータイム・ホールディング・プッシング・チャージング・ハッキング・
ブロッキング・キックボール・ジャックル・パッシブプレー・トリッピングがあります。
故意、悪質な反則には警告(イエローカード)が出され、警告を2回受けると退場となり、チームは2分間、数的不利となります。退場となった
選手は2分後に再出場できますが、チームの警告が3回を超えると、その選手が初めての警告であっても退場となります。(一発退場)
以上簡単なルール説明でしたが、これだけ知っているだけでも試合の見かたが少しはかわるはずです。
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